少し前の記事になりますが、こんな記事を書きました。
2016~2020年で、テンバガー以上を達成した銘柄をリストアップして、どういう傾向がみられるか分析をした記事になります。
この記事の中で、「ヘルスケア(非バイオ)・ECは安定して右肩上がりのチャートが多い」というようなことを書きました。
そこで今回は、「なぜヘルスケア(非バイオ)・ECは安定して右肩上がりのチャートが多いのか?」ということについて、エコノミックモートという観点から私見を述べていきたいと思います。
たまにはコンサルっぽいことも言ってみようかな、という趣旨です。
エコノミックモートって何?
最初に、エコノミックモートってなに?というお話をします。
背景として、ビジネスにおいて重要な以下の考え方をざっくりご理解ください。
- 他社と同じような製品を出している(=差別化ができていない)と、価格競争をせざるを得なくなり、利益が減る。
- 高い利益率を保つためには、技術力やサービスの質などで差別化することが必要。
- しかし、差別化しただけでは、他社から真似され、せっかく差別化した状況が横並びに戻ってしまう。
- 差別化された状況を維持するためには、他社に真似されないようにする、又は他社をより引き離すような仕組みが必要。
この「他社に真似されないようにする、又は他社をより引き離すような仕組み」をエコノミックモートと言います。
日本語にすると「経済的な濠」ですね。城を守るために周りをぐるっと深い池で囲っているあれ↓です。
※画像はWikipediaから拝借しました。
差別化要因という本丸を攻め込んでくる他社から守るためのもの、ということで「濠」と呼ばれているようです。ウォーレン・バフェットあたりが良く言っているイメージですね。
モートって例えばどんなのがあるの?
イメージをつかんでいただくため、モートの代表的な例をご説明します。
例1 ブランド
代表的なものの一つはブランドです。
強いブランドは、それまでの活動の積み重ねによって作られているので、非常に真似することが難しいです。
強力なブランドはたくさんありますが、代表的な例としては、コカ・コーラやフェラーリなどがあげられます。
私は幼い頃、近所の酒屋で売ってるノンブランドのコーラにハマっていた時期がありました。なんと1Lで100円。500mlで150円のコカ・コーラと比べたらコスパにして3倍です。ちなみに味はほとんど区別がつきません。
安すぎて不安だった私は母に「なんでこのコーラこんなに安いのにみんな高いコカ・コーラを買うの?」と聞いてみたところ、「それがブランド力ってものよ」と非常にシンプルな回答をいただきました。
味は真似できても、「コカ・コーラ」にはなれず、3倍の価格差が許容される。これがブランド力がモートたる所以です。
例2 規模
スケールメリットも古き良き、強力なモートの一つですね。
①お客さんが増える
→②スケールメリットが働き、商品1つあたりのコストが下がる
→③商品1つあたりの価格を下げることができる
→(最初に戻って)①お客さんが増える
という感じで強者がさらに強くなっていきます。
より発展的なパターンだと
①大規模な生産設備
→②スケールメリットが働き、商品1つあたりのコストが下がる
→③商品1つあたりの価格を下げることができる
→④価格競争でライバルに勝てる
→⑤競合がいなくなる
→⑥価格を上げてもよくなる
→⑦利益が増える
→⑧設備投資や研究開発に回すことができる
→⑨製品・サービスの質が向上する
→(最初に戻って)①お客さんが増える
という好循環のサイクルも成立します。
例えばTSMCはスケールメリットを生かして他の企業の追随を許さない企業になっています。
TSMCについてはこちらの動画がわかりやすいです。スケールメリットを生かしたTSMCの優位性については、18:10 あたりからお話されていますので、よかったらご覧ください。
ECの強み:ネットワーク効果
何となくエコノミックモートについて掴んでいただけたかな?と思うので、冒頭の問い「なぜヘルスケア(非バイオ)・ECは安定して右肩上がりのチャートが多いのか?」について考えていきましょう。
答えとしては、「強いエコノミックモートを有しており、強い成長性・安定性を持っているから」だと考えています。
では、それぞれどのようなモートを有しているのか。最初にECから見ていきたいと思います。
ECの有するモートは、「ネットワーク効果」です。
冒頭の記事で分析した54銘柄には入ってませんが、ECの代表格としてAmazonでご説明します。
皆がAmazonで買い物をするのは、Amazonには沢山の製品とその売り手がいるからです。
一方で、売り手がAmazonで出品する理由は、多くの人がAmazonで買い物をするからです。
①大量の買い手
→②売り手にとっての魅力向上
→③大量の売り手
→④買い手にとっての魅力向上
→(最初に戻って)①大量の買い手
このように、大量の買い手が売り手の効用を高めてさらなる売り手を呼び、大量の売り手が買い手の効用を高めてさらなる買い手を呼ぶ、と言うポジティブなループが出来ています。
このような「鶏が先か卵が先か」が成り立つ事業では、後から参入する業者は非常に追いつくのが大変になります。
敢えて買い手がいないECサイトに出品する売り手は少ないでしょうし、売り手がいないECサイトで買い物しようとする買い手も少ないでしょう。
新規参入者は、売り手と買い手どっちから揃えたらいいの?というジレンマに直面し、これが先行しているECサイトを新規参入者から守るモートとなっています。
他にも、 $SQ や $V 等の決済系もネットワーク効果が効くので私は好きです。私達が謎のブランドのクレジットカードではなくビザを持つのは、ビザで決済できるお店が多いからですし、ビザで決済できるようにしているお店が多いのは、ビザを使いたがるお客さんが多いからです。
ちなみに、ネットワーク効果とよく一緒に出てくる単語に「プラットフォーム」があります。
ここで注意点なのです。成功しているプラットフォームビジネスにネットワーク効果をうまく使った銘柄が多いのは事実ですが、プラットフォームビジネスだからといってネットワーク効果が一様に働くわけではない、というのはご留意いただいた方がいいと思います。
最近は自称「プラットフォーム」が乱立している節もあるので、「このプラットフォームはネットワーク効果がちゃんとはたらく仕組みになっているかな?」というのは個別に考えた方が良いと思います。
ヘルスケアの強み①:スイッチングコスト
次に、ヘルスケアです。
一言にヘルスケアと言っても色々あります。バイオ製薬、医療機器、医療サービス、シークエンサー等の検査薬、遠隔医療などなど。
ここでは、医療機器や医療サービスなどに当てはまりやすい「スイッチングコスト」について考えたいと思います。
スイッチングコストってなに?をまず説明すると、例えば、社内で今使っているシステムAを、他社製品のシステムBに切り替えるときにかかるコストを指します。
ここでいう「コスト」には、新しい機器等の購入費用だけではなく、切り替えに伴うデータ移行の手間や、せっかく旧機器に使い慣れたのに新機器の使い方をまた学ばなければならないという手間・心理的な負荷なども含まれます。
医療機器や医療サービス系は、このスイッチングコストが高い企業が多いのではないか?とひそかに私は考えています。
例えば手術ロボット。こういった機器は使い慣れるのに時間がかかる一方で、少しでもミスしたら患者の命に関わる可能性もあります。
そう考えると、仮に手術ロボットを切り替えるとなったら、せっかく苦労して習熟した旧機器のノウハウを捨てて、また新しい機器の訓練を積んで実践で使用可能なレベルまで高めなければなりません。
普通の道具だったら使ってミスしながら慣れていくこともできますが、命に関わるとなればそうもいかないので、最初の訓練は相当大変なはずです。
また、「乗り換えるほど新しい機器・サービスは本当に優れているのか?」という確認についても、買い手は相当シビアになると思われます。
普通の企業のシステムなら、試しに使ってみてダメそうならやめとく、という手もありますが、「試しに使ってみたら患者さんに思わぬ作用が出た。」とか「いざというときに誤作動起こした。」なんてことになったら大変なので、「これなら大丈夫!」と確信に近いものがなければ乗り換えないのではないか、と思います。ハードルは相当高いはずです。
その機器・サービスが病院や患者にとってクリティカルなものであればあるほど、スイッチングコストは高くなり、ちょっとの性能差くらいでは乗り換えは起こらないのではないか、ということです。なので、「このプロセスでミスったらやばそう」と感じるポイントを押さえている企業は、モートが強いと考えています。
※私は医療関係者ではないため、この辺は結構推測入ってます。お医者さんの見解とかもまた聞いてみたいです。
ヘルスケアの強み②:顧客データ
AI、ビックデータ等のワードを、最近では当たり前に聞くようになりました。
ヘルスケア分野でも、顧客データをAI等で分析して個人ごとに最適化されたサービスを提供する、医療のパーソナライズが進んでいて、個人的に最近お気に入りのテーマでもあります。
①顧客データによりパーソナライズされたサービス
→②顧客満足
→③顧客の利用数増
→④顧客データ増
→(最初に戻って)①顧客データにより更にパーソナライズされたサービス
というループが回るため、加速度的にビジネスが強くなっていき、後続を引き離す力となります。
また、ヘルスケア分野の顧客データはセンシティブなものも多いため、大量のデータを集めることは簡単ではありません。
そのため、効果的に顧客データを集められるビジネスモデルや、顧客との関係性を持っている企業は、他社に対して非常に大きな優位性を持っていると考えています。
最近の例でいうと、 $TDOC とか $OPRX をこのストーリーで保有しています。
ちなみにこの仕組み、別に顧客データではなくデータ一般に当てはまる話なので、応用で別のセクターでこの考え方を使うのも面白いと思います。
ARKのキャシー・ウッドがよく言っている「走行データを大量に抱えているのがTSLAの強み」っていうのも根っこは同じ話です。
$CRWD も似た話ですね。
あと、それだけいろんな分野でデータ活用が進むのであれば、 $SNOW みたいなデータウェアハウスは強いだろうなとか、データ処理のための半導体はどうだろうとか、結構発展的に考えられるので面白いタイプのモートだなと思っています。
ただ気を付けたいのは、データを沢山持っているからと言って、顧客にとって価値のあるサービスに結び付けられるとは限らない、ということですね。
その企業がデータを沢山持っていたとして、それはどのように役に立てられているのか?それは差別化につながっているのか?というのは要確認のポイントです。
最近私の中でアツいモート:人
そんなわけで、ここまでモートについて割と理屈っぽくご説明してきました。
ある程度こういった考え方を踏まえてチャートの動きが安定した銘柄群を見ていくと、「なるほど、ここはこういうモートがあるのかな」とか想像ついて楽しくなってきます。
数年単位で株価推移が安定している企業というのは、大体モートがしっかりしています。
そんな中で、非常に綺麗な右肩上がりのチャートにも関わらず、私としてモートがわからなかった企業がありました。それが $NVDA です。
$NVDA は、2018年くらいにちょっと株価が伸びなかった時期がありましたが、2016年以降どころか10年単位でずっと成長を続けている企業です。
普通そういう企業は、いくつかの差別化要因をモートによって守ることで持続的な成長をすることが多いわけですが、 $NVDA のビジネスモデルでその成長力を説明できるほど強く働きそうなモートが私にはわかりませんでした。スケールメリットは、働いているとは思いますが、ファブレス企業で生産設備をガンガン抱え込むわけではないという特性上、TSMCほど覿面にスケールメリットが効くわけでもないはず、と考えると、それだけでは説明がつかないと考えていました。
実際これまでの流れを見ても、 $NVDA は差別化要因をモートで守るというよりは、連続してイノベーションを起こすことで成長してきた企業です。
これは口で言うのは簡単ですが、10年以上に渡って最先端の新しいものを生み出し続けるというのはとんでもなく難しいことです。
そのような理由で、私にとって $NVDA というのはすごい異色な企業でした。
なんでそんなことが可能なのか?何か仕掛けがあるのか?とずっと不思議でした。
そんな中、アキさんがこのあたりの記事をご紹介してくださり、答えの一端を掴んだ気がしました。
中国教育省、CUDAプログラミングのカリキュラムを全国の大学に導入
今、「NVIDIA AI Labs」で研究されている「特に有望なプロジェクト」とは
これは単なる慈善事業ではないと思っていて
- 有望な将来の見込み客である世界の名だたる大学の研究者に自社の製品の性能を理解してもらう。使い慣れてもらう。
- 最先端の様々な研究分野で自社製品がどのように使えるかテストし、更なる自社製品の研究開発に生かす。
- 優秀な若い研究者とのパイプを作り、採用や共同研究につなげる。
といった狙いもあると考えています。
そうやって積み上げた顧客層・技術力・研究力という強力な地盤の上に、これまでの $NVDA の実績は築かれてきたのだな、と考えると、それまでよくわからなかった $NVDA のモートが見えてきたような気がしました。
ちなみに、1個目の記事の日付は2011年です。少なくとも $NVDA は10年以上に渡りこういった取り組みをし、強力なモートを築いてきたということです。これはそう簡単に真似できるものではありません。
こういったモートは、その企業の製品特性やサービスの内容、財務状況を見ただけではわからないので、他の企業で似た例があるのかは私もよくわからないのですが、「そんなパターンもあるのか!!」と非常に勉強になったのでご紹介させていただきました。
「人のつながり」と言ってしまうとふわっとした感じになりますが、優秀な人と優秀な人の組み合わせが簡単に真似できないものなのもまぎれもない事実なので、この辺の深堀り方を模索していきたいなと最近思っています。
エコノミックモートのまとめ
以上、いくつか企業を紹介しながら、「エコノミックモートって何?」ということをご説明しました。
今回紹介したブランド、規模、ネットワーク効果、スイッチングコスト、データ、人、以外にもモートの種類はあるので、いろんな企業見ながら「この企業のモートは何だろう?」と考えてみるのも面白いです。
ブームに乗っかる投資ならあんまり問題にならないかもしれませんが、年単位で投資する場合、モートの有無は個人的にかなり気にするポイントです。
ご参考になれば!